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最高裁判所第三小法廷 平成7年(オ)531号 判決

上告人

露口昌二

右訴訟代理人弁護士

正木孝明

被上告人

有住メリヤス株式会社

右代表者代表取締役

有住和夫

被上告人

有住和夫

右両名訴訟代理人弁護士

得津正

主文

上告人の被上告人有住和夫に対する上告を棄却する。

上告人の被上告人有住メリヤス株式会社に対する上告を却下する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人正木孝明の上告理由について

不動産の仮差押命令の申立て及びその執行が、当初からその被保全権利が存在しなかったため違法であり、債務者に対する不法行為となる場合において、債務者が、仮差押解放金を供託してその執行の取消しを求めるため、金融機関から資金を借り入れ、あるいは自己の資金をもってこれに充てることを余儀なくされたときは、仮差押解放金の供託期間中に債務者が支払った右借入金に対する通常予測し得る範囲内の利息及び債務者の右自己資金に対する法定利率の割合に相当する金員は、右違法な仮差押命令により債務者に通常生ずべき損害に当たると解すべきである。

本件についてこれをみるのに、原審の適法に確定したところによれば、

(一)  上告人の被相続人である露口稔は、自己の所有する土地を被上告人有住和夫が無断で処分したため一億一二七〇万五〇〇〇円の損害を被ったとして、その賠償請求権を被保全権利として、同被上告人所有の土地について仮差押命令の申立てをし、平成二年二月八日に仮差押命令を得てこれを執行した。

(二)  しかしながら、右被保全権利は存在せず、稔はそれを知りながら前記仮差押命令を申請したものであって、右は被上告人和夫に対する不法行為に当たる。

(三)  被上告人和夫は、右違法な仮差押命令の執行を取り消すため、平成二年四月九日、右仮差押命令において定められた仮差押解放金一億一二七〇万五〇〇〇円を供託し、同四年七月一七日まで供託を続けざるを得なかった。

(四)  同被上告人は、右仮差押解放金のうち一億一〇〇〇万円を信用組合大阪弘容からの借入れによって調達し、これに対する平成二年四月九日から同四年七月一七日までの年7.75パーセントないし9.25パーセントの割合による約定利息合計二二三六万九九三二円の支払を余儀なくされた。

(五)  また、同被上告人は、右仮差押解放金のうちその余の二七〇万五〇〇〇円は自己資金をもって充てたが、これに対する平成二年四月九日から同四年七月一七日までの民事法定利率年五分の割合による金員の額は三〇万七五五四円である。

(六)  一方、右期間の仮差押解放金の供託に係る利息の額は一六九万〇五〇〇円であり、これを右(四)(五)の合計額二二六七万七四八六円から控除すると、その差額は二〇九八万六九八六円となる。

というのであり、右(四)記載の信用組合大阪弘容からの借入金についての年7.75パーセントないし9.25パーセントの割合による約定利息は、通常予測し得る範囲内のものというべきである。

そうであれば、右事実関係の下において、右(六)の二〇九八万六九八六円は、稔の前記違法な仮差押命令の申立てに基づく執行により通常生ずべき損害に当たるものということができ、以上と同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は、独自の見解に基づいて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。

なお、本件上告について提出された上告状及び上告理由書には上告人の被上告会社に対する上告理由の記載がないから、被上告会社に対する上告は不適法として却下すべきである。

よって、民訴法四〇一条、三九九条ノ三、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官千種秀夫 裁判官園部逸夫 裁判官可部恒雄 裁判官大野正男 裁判官尾崎行信)

上告代理人正木孝明の上告理由

一 原判決は執行解放金の金利相当額について、「不動産の所有者はこれを売却し、又は担保に入れるなどの自由を有しており、仮差押はその自由を制約することを本来の目的としているから、仮差押債務者が右制約を免れるために必要な解放金を調達するための経費は通常の損害と解される」として、通常損害としたが、右は民法第四一六条一項の解釈適用を誤ったものであり、破棄を免れない。

二 ところで、不動産に対する仮差押の執行がなされ、解放金の供託により、執行が取消されたという本件と同じ事案について、仙台高判昭五九・一一・一九金商七一四号二九頁に、金利相当分は特別損害であると判示している。「不動産の仮差押えによって生じる処分禁止の効力は、その処分をもって債権者に対抗できないという相対的なものであって、債務者が仮差押え後にこれを処分すること自体はもとより可能であり、また、債務者はその不動産の使用、収益を妨げられない。そのため、仮差押解放金額を供託して不動産仮差押えの執行処分取消しを得る必要は、債務者においてその物件を他に処分する場合のほかには存しない(前記のとおりその場合にも取消しを不可欠とするものではない。)のである。然りとすれば、仮差押解放金を供託したことによって生じた金利相当分の損害は、違法な不動産仮差押えによって通常生ずべき損害とはいい難く、特別の事情によって生じた損害というべきである。」

また処分の場合には、債務者は売却代金を入手しうるのであるから、それにより借入金を返済しうるのである。そして本件にあっても、被上告人は仮差押にかかる不動産を売却した後、その売却代金により、借入金を返済しえたにもかかわらず、あえて借入金を返済せずに、株式会社投資や預金にまわしているのであり、かかる点から考えても、執行解放金のための借入金の金利相当額は、特別損害というべきであり、通常損害であるとした原判決は破棄を免れない。

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